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海亀通信

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遠い遠い夢をぐっと見すえるような図太さ。
若さの特権である遠視力、永遠の感覚。

遠い遠い夢をぐっと見すえるような図太さ。
若さの特権である遠視力、永遠の感覚。


宮内勝典さんの「海亀通信」をリンクしました。
私は今まで、遠視力や永遠の感覚というものは若者ではなく、人生を長く生きてきた人こそ持っているものだと思っていました。宮内さんの文章を読んで、そうかそれは若者の特権なのか!と。彼は正確にはこのように書いています。

「(若者と)通読していくうちに共通点があることに気づいた。言葉のセンス、ウイット、自己批評性などは目を瞠るほど洗練されているが、遠い遠い夢をぐっと見すえるような図太さがないのだ。近距離の差異には敏感だが、若さの特権であるはずの遠視力、永遠の感覚がひどく薄い。
 これは恐ろしいことだ。経済原理だけ神のように君臨する日本社会が、自然を殺し、子供たちから遊びを奪い、受験勉強ばかり強いてきたせいだろうか。永遠性をあらかじめ断念させられている痛ましさがある。時代の閉塞感も、まずそこから発生する」

私が小さい頃は田んぼや山に囲まれる環境がいっぱいあったし、遊びが奪われていることは無かったけど、彼が若者と呼ぶおそらく20代前半と私の間に差はあれど隣合わせにつながっている部分もたくさんあるはずだ。
永遠の感覚-。大学時代、それは何よりも欲していた。それが生きる上で必要なものだからとか、そう言われているからとかそんな事では無くて、ただただ何よりも本気に強く欲していたと思う。
だからそれを身体で感じるために精神世界の本を読みあさったり、遠くへ旅に出たり、日常を抜ける極端な遊びをしたりした。宮内さんの言う、遠くをずっと見すえる図太さや遠視力というものに飢えていたのかもしれない。それは人間だれしもそう思うということ+気付かないところでこの時代特有のものでもあることをこうして世代の違う大人が教えてくれる。
社会のあり方が思っていたより実は自分の毎日にものすごい大きな影響力を持っていて、そしてすでに大きく影響されている自分自身が、いくら普遍的な感覚をあちらこちらで身につけようと、時にものすごく無力に感じる事もあり。それでもそれを含めて、人として、この時代を生きる者として、時間を越えた魂として、ひっくるめて意識をどこに向けて生きていきたいのか…。「ひっくるめた」生き方を通して、どんな社会を自分は残して行きたいと思うのか、どんな風に歴史に参加して行きたいと思うのか、来年はさらにそういうことを考えつつ、感じつづ、形にしつつ…いきいきと時間を使いたいですな。
病み上がりなので、ちょっとしっとりしています 笑。わはは。
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by mgigi | 2004-12-26 15:47